陽のまる屋HP https://sites.google.com/view/hinomaruya

稽古情報(稽古場所、稽古日など)は下記のサイトをご覧ください。

稽古案内


2013年4月30日火曜日

本部道場:武聖館テルヤ道場について

おきなわ空手(沖縄小林流)サークル

(沖縄小林流武聖館テルヤ道場岡山支部)の

本部道場は沖縄県は首里にあり、

館長は照屋建先生です。

先生は御年70歳を超えられても

体力、技、気力はすこぶるご健在で

現在も若い道場生たちと同じ、もしくはそれ以上の

稽古をされています。

また日本スポーツマスターズの空手大会では

現在2連覇中で、今年は三連覇を目指されています。

加えて沖縄小林流協会範士九段で理事も務めていっらしゃいます。



2011年の決勝の様子。赤が照屋先生です。型はクーサンクー大


照屋館長の空手に対する姿勢は常に前向きで

新しい型や技等に対する知識を常に吸収されています。

沖縄本来の武道空手を大切にされながら

スポーツ空手にも精通され指導されています。

そしてそのお人柄は

豪快でユーモアがあり、人間としての器が大きく

誰にでも好かれ、そして誰にでも敬意を払うのを忘れない。

本当に本で読むような昔の沖縄の武士の様な方です。


空手だけでなく、人としてすこしでも照屋先生に近づきたい

と常に思っています。


おきなわ空手(沖縄小林流)サークルでは

基本的に本部道場と同じ練習メニューを行っています。

先生に教えていただいた型や基本を中心に

自分が習っている範囲は自分が指導します。

(ナイファンチ、ピアン、パッサイ、チントウ、クーサンクー)

また茶帯への昇級(一級)までは自分が責任を持って指導します。

しかし自分が習ってない範囲、もしくは

黒帯をはめるのにふさわしいと自分が認めた場合は、

しっかりと本部道場(沖縄県首里)を訪れ

館長立会いの下、昇段審査を

行いたいと考えています。

また今後道場生が増えてきたら

年に2回沖縄で行われる小林流の大会への出場も

検討しています。

 11月 武聖館・守武館合同空手大会
  4月 沖縄小林流空手大会


沖縄小林流を日々鍛錬し、

今後、さらに上へと昇段を目指す身として

一緒に「沖縄空手を学んでみたい!」と感じている

仲間と一緒に稽古したい。

そしていつの日か照屋館長を

岡山にご招待して指導いただけるような

そんな道場にしていきたいと考えています。


2013年4月26日金曜日

沖縄空手・古武道の歴史

空手は現在では多くの人に親しまれています。

世界165ヶ国に普及発展し、約5千万人もの

愛好者がいるとされています。

その空手は沖縄が発祥の地です。


沖縄は琉球王国と長い間呼ばれ

立派な独立国でした。

中国や日本、朝鮮や東南アジアなどとの

貿易で栄え、

その文化、芸能は奥深く、

独自の歴史を持っています。

空手もそんな独特の歴史、

文化の中で誕生しました。

15世紀~16世紀にかけて倭寇と呼ばれる

海賊が盛んに琉球や中国に出没しました。

航海途中に身の安全を確保するために

沖縄独自の護身の武術として

空手、沖縄では「ティー(手)」が誕生したとされています。

この「ティー」は中国、東南アジア、朝鮮、日本などの

影響を受け体系化、完成されていったとされています。


琉球王国時代には、

首里城を中心に発展した「首里手」

商業都市那覇で栄えた「那覇手」

両者の中間にあった泊村一体で栄えた「泊手」

がありました。

ちなみにおきなわ空手サークルの

おきなわ小林流は「首里手」です。


その後、1609年、薩摩の侵攻を受け

薩摩支配下の元、禁武政策(琉球人は武器を持ってはいけない)のため

250年間の長い間、門外不出の武術として士族の間で

秘密裏に受け継がれ、鍛え上げられてきました。


しかし近代を迎え、大正時代に日本に

そして昭和初期には海外に広まりました。

第二次大戦後には沖縄空手界は

小林流(首里手)、剛柔流(那覇手)

上地流、の3代流派に分かれました。


伝統的な沖縄の空手は

それぞれ攻防の技を理論的に

組織体系化されたそれぞれの型を基本とし、

長年にわたる厳しい鍛錬によって身体と心を

鍛え上げつつ、人格の完成を目指しています。


(参照:沖縄空手・古武道グラフ)